神学を学ぶ

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2020-10-01から1ヶ月間の記事一覧

乞食をしながら宣教する清貧運動ー岩島師教会論16(学びあいの会)

Ⅲ 清貧運動と托鉢修道会 中世の教会はイノケンチウス3世(1198-1216)のとき絶頂期を迎える。教会はヴォルムス条約(1122)によって叙任権闘争に勝利する。 教皇ウルバヌス2世(在位1198-1216)はグレゴリウス改革を継承し、教皇権…

乞食をしながら宣教する清貧運動ー岩島師教会論16(学びあいの会)

Ⅲ 清貧運動と托鉢修道会 中世の教会はイノケンチウス3世(1198-1216)のとき絶頂期を迎える。教会はヴォルムス条約(1122)によって叙任権闘争に勝利する。 教皇ウルバヌス2世(在位1198-1216)はグレゴリウス改革を継承し、教皇権…

教権は俗権にまさるー岩島師教会論15(学びあいの会)

3 グレゴリウスの改革 グレゴリウス7世(1073-85)はクリユーニー出身と言われる。前回紹介の「背景」で述べた3つの弊害の除去に力を尽くした。教会法を整備し、制度の強化に努め、、修道院を教皇直轄にする、聖職者を教皇の指揮下に入れる、などの改革をし…

教権は俗権にまさるー岩島師教会論15(学びあいの会)

3 グレゴリウスの改革 グレゴリウス7世(1073-85)はクリユーニー出身と言われる。前回紹介の「背景」で述べた3つの弊害の除去に力を尽くした。教会法を整備し、制度の強化に努め、、修道院を教皇直轄にする、聖職者を教皇の指揮下に入れる、などの改革をし…

グレゴリウス改革は中世で最重要の出来事だー岩島師教会論14(学びあいの会)

10月の学びあいの会はいつもの顔ぶれが集まった。コロナ疲れの頭を神学の勉強ですっきりさせるのも悪くない。 岩島師の教会論は第16章に入る。「中世教会の自己展開」と題されている。自己展開とはあまり聞きなれない言葉だが、教会が発展したとか最盛期…

グレゴリウス改革は中世で最重要の出来事だー岩島師教会論14(学びあいの会)

10月の学びあいの会はいつもの顔ぶれが集まった。コロナ疲れの頭を神学の勉強ですっきりさせるのも悪くない。 岩島師の教会論は第16章に入る。「中世教会の自己展開」と題されている。自己展開とはあまり聞きなれない言葉だが、教会が発展したとか最盛期…

中国の影 ー ポスト・コロナの五島列島巡礼の旅(3)

今回の旅では何人かの地元のガイドさんにお世話になった。たまたまか、みな信者さん(カトリック)だった。詳しい説明の端々に垣間見えたのは、「中国の影」とでも呼びたいような中国へのおびえのようなものだった(1)。 1 交通手段 さまざまな乗り物を使わ…

中国の影 ー ポスト・コロナの五島列島巡礼の旅(3)

今回の旅では何人かの地元のガイドさんにお世話になった。たまたまか、みな信者さん(カトリック)だった。詳しい説明の端々に垣間見えたのは、「中国の影」とでも呼びたいような中国へのおびえのようなものだった(1)。 1 交通手段 さまざまな乗り物を使わ…

仏壇を祭壇に ー ポスト・コロナの五島列島巡礼の旅(2)

五島列島の教会巡りをして一番強い印象に残ったのは、仏教式の「仏壇」がそのままカトリックの「祭壇」に使われていることだった。現代だけではない。キリシタン時代からの慣習の継続なのだろうか。 カトリックに戻った潜伏キリシタンの家では幼児洗礼だから…

仏壇を祭壇に ー ポスト・コロナの五島列島巡礼の旅(2)

五島列島の教会巡りをして一番強い印象に残ったのは、仏教式の「仏壇」がそのままカトリックの「祭壇」に使われていることだった。現代だけではない。キリシタン時代からの慣習の継続なのだろうか。 カトリックに戻った潜伏キリシタンの家では幼児洗礼だから…

ポスト・コロナの五島列島巡礼の旅(1)

五島列島の教会巡りをしてきた。長い間一度は訪ねてみたいと思っていた願いがやっとかなった。影山さんを初めカト研の皆さんにはずっと勧められていたので、今回思い切って訪ねてみた。 コロナ禍が治まったわけではないが旅行もできるようになり、Go To Trav…

ポスト・コロナの五島列島巡礼の旅(1)

五島列島の教会巡りをしてきた。長い間一度は訪ねてみたいと思っていた願いがやっとかなった。影山さんを初めカト研の皆さんにはずっと勧められていたので、今回思い切って訪ねてみた。 コロナ禍が治まったわけではないが旅行もできるようになり、Go To Trav…

コロナ・ミサの平均出席率は17%くらいか

年間第27主日の分散ミサに出てきた。コロナ対策とはいえ、信者の聖体拝領のときでさえ、司祭は「キリストの御からだ」とは唱えず、われわれも「アーメン」とは答えてはいけないことになっている。なんか変だな、これでは霊的聖体拝領とあまり変わらないな…

コロナ・ミサの平均出席率は17%くらいか

年間第27主日の分散ミサに出てきた。コロナ対策とはいえ、信者の聖体拝領のときでさえ、司祭は「キリストの御からだ」とは唱えず、われわれも「アーメン」とは答えてはいけないことになっている。なんか変だな、これでは霊的聖体拝領とあまり変わらないな…

「教会の外に救いなし」は今日でも通じるのか ー教会論(13)

第15章は「教会の外に救いなし」と題されている。この表現または命題は教会の宗教的排他主義を示すものとしてかってはよく使われた。最近はあまり聞かないので「またこの話か」という感がないわけではないが、岩島師は教会論としては触れずに避けるわけには…

「教会の外に救いなし」は今日でも通じるのか ー教会論(13)

第15章は「教会の外に救いなし」と題されている。この表現または命題は教会の宗教的排他主義を示すものとしてかってはよく使われた。最近はあまり聞かないので「またこの話か」という感がないわけではないが、岩島師は教会論としては触れずに避けるわけには…